はいるか!?」






飛び込んできたのは燃える炎のような髪を持った男。
勢いよく開けた扉が何やら不吉な音を立てたが、それを気にする者はいなかった。

男――――アッシュが血相を変えて、息を切らした姿なんて滅多に無いからだ。


飛び込んだ先は、リフィルのいる研究所。
』と言う名前を聞き、リフィルがアッシュの傍へ近づく。





なら此処にはいないわ。何をそんなに慌てているの?」

「何っ?!……遅かったか」

「その様子じゃ、他の場所も回ったのでしょう?そうまでしてを捜しているのは、何か重大なことがあったのね」






アッシュは悔しそうに舌打ちをすると、リフィルに背を向けて研究所を出ようとする。
止めようとリフィルが動いた瞬間、今度は新たな人物が飛び込んできた。




「リフィルさんっ!!!!」


それは以前まで旅に同行していた少年。



「―――ジェイ!!!!?」

































「ワルターはどうやって此処へ来たんだ?」
「……“テルクェス”だ。≪水の民≫と呼ばれる一族のみが使える能力、俺はそれを使って空から来た」


ワルターは手の平を翳した。
そこから黒い、蝶の形をした光が生まれる。




「…キレーだな」

「フン、世辞などいらん。黒いテルクェスなんざ他の水の民から見れば異端扱いだ」

「え、じゃあワルターしか出せねえんだ。すげえな!」

「…っ!……俺にしか…だと?」








“黒いテルクェスだって?!”

“おお、なんて恐ろしい色だ”

“あんな禍々しい色みたことがない”









「お前は持っていないからそんなことが…」

「光に翳すとうっすら青くも見えるし…夜の海みたいだな!綺麗だ!」

「……っ」





“貴方のテルクェスは特別なのですよ。人と違うからと、嫌わないでください。きっと貴方だけの色を解ってくれる人がいます”







―――今まで、この黒い色を褒められたことなぞ母以外に無かった。

黒は不吉、恐ろしいとしか言われた事が無かった。

そんな風に言われたことなんて、無かった。









“夜の海みたいだな!綺麗だ!”











「なー、皆もそう思うだろ?」




は他のメンバーに問いかける。



「おお、言われればそう見えるな。しかも光の加減で微妙に濃さがちげえし」

「ああ、落ち着く色だな。俺も好きだ」


「ワルターの金色の髪と相対的に映えて、とっても良いと思うわ」


「うん、とっても綺麗だよ〜」


「悪くはない。派手な色よりマシだ」










何故コイツ等は……





俺が欲しかったものを、そんなに容易くくれる?











「元気になったら飛んでるとこ見せてな」






ああ、そうか




母が言っていた“俺の色をわかってくれる奴”と言うのは……







「気が向いたらな」
「期待してるぜー」
































さんは何処にいるんですか!?」

「ジェイ…貴方何故此処に」

「今はそんな事を言っている場合じゃないんです!」



青い顔をしたジェイ。
リフィルは全く状況が掴めない。



「アッシュさん、この近くに遺跡や神殿はありますか!?」

「…珠海の塔、それから夢幻の砦ぐらいだ」

「きっとどちらかにいるでしょう!急いで捜しに行かないと!!」

「待って、ジェイ!一体何があったの!!?」











「世界樹が危険なんです!!!!」







































「ワルター、貴様はどうしてあそこで倒れていた?」

「あ、そういえばまだ聞いてなかったな」





はワルターの顔を覗きこむ。
ワルターの表情は険しい。






「俺は空を飛んで上から来た…とさっき言ったな」













ワルターは砦の天辺に辿り着いた。

今回彼が受けたクエスト内容は“月光石(ムーンブライト)を三つ集める事”。
月の光を浴び続けた岩からほんの一欠けらだけ採れると言う貴重な鉱石である。

捜すのなら坑道や、洞窟が良いのだが夢幻の砦で高確率で見つかると言う情報があったのだ。
ワルター達水の民のように、湖を渡らずともこの砦に辿り着ける者がいた為に流れた情報である。







月光がよく当たる場所、と言う事でと砦の天辺の捜索をしていた。
しかし中々石は見つからず、あるのは変な動物の形をした石造だけ。



ひとまず捜索をやめて、ついでに砦の中を歩いてみようかと思った矢先ふと視線を感じた。

だが背後にあるのは石造だけ。





気にしても仕方無いと、石造に背を向けて歩き出す。
すると先程まで晴れていた筈なのに、急に霧が立ち込め出した。






『……おかしい、霧が出るような時間帯でも気温でもないは…ず……?』






“ああ、恐ろしい”


『!!!』





“黒いテルクェスなんて”

“災いを呼ぶ”

“どうして、あんな子どもが”







『誰だっ!!!何処にいる!』







リアルに聞こえる、幼い頃の嫌な記憶の中の声。
己さえ見失いそうな霧の中、はっきりと見えるその姿。








『……め、メルネス……!』







黒いドレスに身を包んだ、淡い色のテルクェスを持つ少女。
笑みを浮かべながら、ワルターを見つめる。








“ あ な た の 所 為 で お 母 さ ん は 死 ん だ の に ど う し て 貴 方 は 生 き て る の ? ”











まるでナイフで心臓を抉る様な鋭い憎悪がワルターを射抜いた。
全身が金縛りにあったかのように動けなくなった。
それでもなんとか、距離をとろうと後ずされば体が重力に従い落ちていった。
霧の所為で、吹き抜け部分が見えなかった所為だ。















「あれは恐らく幻だ…。しかしそうとは思えない程鮮明だった…」

「…成程、“夢幻”と言う名をつけられるだけのことはあるな。恐らく、この砦に足を踏み入れた者が一番思い出したくない記憶を見せられる」




全員が背筋を凍らせた。
誰にでも思い出したくない過去の一つや二つある。

それを鮮明に甦らせられては、自分だって満足に動ける筈がない。






「思い出したくない記憶…」




はふと考える。
自分は生まれてからまだそんなに経っていないし、あるのは楽しかった思い出がほとんどだ。
だから、皆が恐れる“思い出したくない記憶”というものがよく理解できなかった。







「ねえ、ワルター。此処には地下室のようなものはあるのかしら?」


「いや、この砦には地下はない。周りが湖だから、この島程度の面積では水圧に耐えられないからな」




リアラは小さくに話しかけた。



、石版のある部屋は地下以外だったことはある?』

『全部地下だった。オレもそれを考えてたんだよ。偶然かなとも思ったけど…今まで回った場所は全部、地下』

『そう…。じゃあ此処には無いのかしら』













最上階へと続く階段を上り始めた時、異変は起こった。






「…霧…?」






うっすらだが、視界がぼやけ始める。




ワルターとリオンが共に顔を顰める。






「気をつけろ、この霧が幻覚の正体かもしれん」
「十中八九そうだろうな。だが、これだけの人数がいるんだから周りに気を配っていれば…」



リオンの言葉が途中で途切れる。

不審に思った達は振り返る。





「…リオン?」






いた筈の場所に、姿は無い。






「んあ?アイツどこ行きやがったんだ?」
「さっきまですぐ其処に…あれれ?セネルもいないよ」



「気をつけろ!全員が逸れたら幻覚から抜け出せなくなる!」
























「…配っていれば幻覚など…。ん?オイ、皆何処へ行った!?」




気がつけばリオンは一人。
先程まで手を伸ばせば届く距離にいたメンバーが誰一人としていない。






「おい、!スパーダ!セネル!」



返事は無い。



「…っち、一体どうなって………
っっっ!









霧の中見えた人影。


最初は仲間の誰かだと思った。
しかし、シルエットが違う。


仲間内の誰とも当てはまらないその姿にリオンは足を止める。







「……ま、マリアン………」






にっこりと笑みを浮かべたのはリオンのよく知る女性だった―――――。




























「しまったっ…!皆と離されたか…」




セネルは周りに漂う霧に方向感覚を惑わされていた。
自分が進んでいたのが本当に前かどうかも判らなくなる。
こういう時、ウロウロ動き回るのは得策ではないと思いつつもジッとしている事が出来ない。






「おーい!誰か聞こえるかー!」





返って来る声は無い。

どうしようかと思案しているセネルの背後に影が忍び寄る。










「……セネル……」






「!!」





振り返った先にいたのは――――…



































「本当に此処にいるんでしょうねっ!?」
「珠海の塔に行くのを見かけた奴がいた。夢幻の砦は水の民以外渡る術はねえ!だったら此処しかねえんだよ!」


声を荒げながらも、走る足は緩めない。
ジェイ、それからアッシュは珠海の塔内部を駆け回っていた。


その後ろをついて来ているガイ・ジェイド・リフィルは二人を見失わないよう懸命に走っている。




「というか、旦那の持ってる音機関でに呼びかければいいんじゃないのか?」
「そんなのとっくにやってます。けれど繋がらないんですよ。一つ二つ大陸を離れたわけでもない、こんな近くにいながら」



今まで必ずと言っていい程電波の良好だった音機関が作動しない。
此方から呼びかけはするものの、の方が応答しないのだ。





「…足跡よ!これは…のかしら?でもこっちのはのにしては小さいわね…」



見つけたのは数種類の足跡。
それぞれ特徴あるものばかりだったが、数と種類が多すぎてどれがのものかが判らない。




「…一つは間違いなくさんのですね。後此方は…スパーダさんだ。それからセネルさんのもの。僕が判るのはこの三つだけです。

 残りは大きさから見て女性が二人、男性が一人ですね」

「朝からリオンの奴を見てねえ。きっと一緒に居る筈だ」



「…スパーダだって?スパーダって、スパーダ・ベルフォルマか?」


「おや。流石名家同士は繋がりがおありで?」
「そんな大層なもんじゃないさ。だが噂には聞いたことがあった…末の息子が失踪したってな」



「お喋りはそこまでだ」






アッシュが見つけたのは、達が通った地下への階段。
以前アッシュがと来た時には無かったものだ。
ジェイが周りを探ってみると仕掛けを動かしたような跡があった事から、確実に此処を通っただろうと目星をつける。




「きっと此処を通ったのでしょうね」
「コレは…こんな場所があったなんて…。今まで報告にはありませんでしたが」
「行くぞ」